なんてすばらしいエンターテイメント! ダイアログ・イン・ザ・ダーク
「人に、やさしくなれる場所」
「まっくらな中で、五感をとぎすます」
「まっくらやみのエンターテイメント」…
そんな言葉にバシッ!と背中をたたかれ、未体験ゾーンに身をゆだねる不安と期待を胸に、ダイアログ・イン・ザ・ダークに行ってきた。
何をするところなのか。
カンタンに言えば、完全な真っ暗闇の中を、視覚障害者が案内人となって、8人で1グループとなった私たちをを導いてくれるというもの。その空間で感じる、触れる、味わう、聞く、におう、という、目を使わない感覚って一体…?というものだ。
まずは、暗闇を一緒に歩く初対面の8人が順番に自己紹介。いきなりのことで、言葉少なによそよそしい挨拶ではあったが、一緒に歩くのが、わざわざ大阪や福岡からいらした方々とわかり、私は度肝を抜かれると同時に、そんな方々と一緒に歩けることをうれしく思った。
自己紹介のあとは、白杖を手に、段階的に暗闇に目を慣らして進む。
途中、案内人となる視覚障害者のキノッピーさんが加わった。視覚障害者の方と関わるのは初めてのことで戸惑いがあったが、とても明るくて、気さくなキャラクターのキノッピーさんに親近感が湧いた。そうは言っても、この時はまだ私たち8人とキノッピーさんとの間には、なにか見えない壁というか距離が感じられるのである。
さぁ…そしていよいよ、真っ暗闇へ。
完璧な真っ暗闇、という状況を体験したことが無かったんだ!ということに初めて気づかされる。「ほんとうに何も見えない!」のだ。 パニック!!! 私は一緒に行った夫につかまろうと思ったが、もうどこにいるのか全く分からない!
白杖を生かすこともできず、怖くて足がなかなか前へ出せない。周りの皆さんもどうやら同じような様子。
「あれ?あれ?」「お父さ〜ん?どこ〜?」「なにこれ〜?」「あれ、すいません、どなた? わからないけど触っちゃいました」
こんな声があちこちで飛び交う。
こうなると、もう、キノッピーさんだけが頼り。
「私の声のする方へ来てください!」「ここから少し道がカーブしていますよ〜」…など、まるで私たちの目になったように案内してくれるのだ。目が見えるのは私たちのはずだけど…?! しかし、そんなことを考える余裕はなく、キノッピーさんの声に耳を澄まし、ついて行くのがやっと。
ところが、間もなくすると、私たちが自発的に、お互い声を掛け合うようになる。
「●●、ここにいます!」「ここに段差がありますよ」「●●さんですか?」
ついさっき、言葉少なによそよそしい自己紹介をかわした者同士とは思えない。
お互いに触れて確かめ、声を掛け合い、手を取り合いながら、進み始めるのだ。相手が誰だろうと、構わない。自然とそうしたくなるのだ。助け合いながら進まなければならない8人であることを、一気に悟ったのである。その頃から、ところどころで感じる香りや音、味、触れるものをお互いに知らせ合い、歩く以外の感覚を楽しむ余裕が出てくる。と同時に、お互いに声を掛け合う関係が、とても自然で心地よく、あたたかいと思えるようになっている。
「キノッピーさん、ここに●●ありますね」「キノッピーさん!」
気づけば、キノッピーさんと私たちの距離はどこにもなくなってしまっている。
そして、その頃、キノッピーさんと8人が一緒の、何も見えない空間を、とても気持ち良く感じている自分がいた。見た目も、見える見えないも関係ない、人の言葉と声とふれあいとぬくもりで成立する、今まで体験したことの無いあたたかい空間。そんな自分に、正直、驚いた。
丁度そんな風に思った時、このイベントは終了した。
ちょっと残念。ちょっと安心。複雑な気持ちだった。
暗闇から、もとの明るい世界へ…。
ああ、いつもの世界だ。全部見える。
最後に、一緒に歩いて来た8人と感想を言い合う場が用意されている。しかし、お互いの顔が見えた途端になぜか、みんな口が重くなってしまった。まだ興奮状態なのか、元の世界に戻りきれずに戸惑っているのか、わからないけれど、自分も含めて、なんだか声を発しにくくなってしまった。さっきはあんなに、それぞれに声を出してにぎやかだったのに…。本当はもっとふれあいたいのに…。さびしい、と思った。
でも、キノッピーはずっと変わらない。暗闇に入る前の部屋、暗闇の部屋、元の世界に戻るための部屋、すべて同じなのだ。私たちへの接し方も全く変わらない。
私たちだけが、見えたり見えなかったりの違いで、コミニュケーションの形も変わってしまったのだ。
コミニュケーションって何だろう。
見えるってなんだろう。
人にとって、本当はなにが大事なんだろう。
たくさんのことを考えさせられ、そしてその結論はまだ出ないけれど、この体験をしなければ考えなかったこと、感じなかったことを、自分の中に芽生えさせることができたことは、この人生においての宝だ、と思っている。
また折りをみて、暗闇を歩きに行こうと思う。
この日、暗闇の中、手探りで種を植えた鉢。ちゃんと種が入っているのかどうかは、芽が出てみないとわからない。今のところ、芽の出る気配はない。
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